【指標解説】環境制御の指標として用いられる「飽差」とは何なのか?

 

施設園芸とはガラス室やビニールハウスを利用して、花卉や野菜、果物を栽培する園芸です。施設園芸では室内環境が植物体に適した環境になるよう、加温設備などで人工的に環境を制御することで、安定的に作物を栽培することが可能になります。この環境制御を行う際に一般的な指標となるのは、温度・湿度・二酸化炭素濃度といった環境値です。

室内環境の制御時に指標となる環境値は上記で挙げた3つの他にも様々存在しますが、その中の一つに「飽差」というものがあります。この飽差とは何なのでしょうか?

最近農業に関わるようになったor興味を持つようになった方にとって、飽差という指標は温度や湿度と比べて馴染みがなく良く分からないものと思います。今回はそういった方たちへ向けて、一般的には馴染みのない「飽差」という指標について1から調べてみましたので、解説していこうと思います。

 

飽差って?

温度や湿度といった値は普通に生活していても馴染みのある指標ですね。しかし、「飽差」なんて一般的には馴染みのない指標で、いまいちピンときませんね。実際この記事を書いている私も「あぐりログ」に関わるまで全く知りませんでした。

飽差の辞書的な意味は以下の通りです。

ある温度と湿度の空気に、あとどれだけ水蒸気の入る余地があるかを示す指標で、空気一m3当たりの水蒸気の空き容量をg数で表す(g/m3)。

ルーラル電子図書館 (2018.10.16)  http://lib.ruralnet.or.jp/genno/yougo/gy087.html

つまり飽差とは、1立米の空気の中にどれだけの水蒸気を含むことができるか?を示す値です。飽差が高い空気は余地が多く水蒸気を多く含むことができるので、「水蒸気を奪う力が強く、乾きやすい空気」と言い換えることができます。逆に、飽差が低い空気は余地が少なく水蒸気を少ししか含むことができないため、「水蒸気を奪う力が弱く、乾きにくい空気」と言い換えることができます。

飽差が高い(水蒸気を奪う力が強い)と植物は水分を奪われないように、気孔を閉じ蒸散を止めます。逆に飽和が低い(水蒸気を奪う力が弱い)と、気孔は開いていても蒸散が行われず、植物体の中で水が運ばれません。気孔は水分を蒸散させ、葉や根からの養分吸収を促進し、またそれと同時に光合成に必要な二酸化炭素を空気中から取り込みます。飽差が高すぎたり低すぎたりして気孔が閉じてしまったり蒸散が行われなくなると、光合成が効率良く行われなくなり、当然作物にも悪影響が生じます。

飽差とは要するに植物の光合成が効率よく行われるか?を推量する指標ということが言えます。

 

なぜ飽差が用いられるのか?

先述の通り、簡単に言ってしまうと飽差とは単に空気の湿り具合を表す用語です。空気の湿り具合は植物の気孔の開閉や蒸散に影響し、それは光合成に影響するので、作物のために飽差管理を適切に行いましょう、ということです。しかし「でも、空気の湿り具合を知りたいなら、単に湿度を計測すれば良いのでは?」と思いませんか?なぜ飽差を用いるのでしょうか?

確かに、湿度も飽差と同様空気の湿り具合を示している値です。ですが、植物の光合成を効率よく行うためには単に湿度を計測して管理するだけでは不十分であると言えます。この点について、分かりやすく解説してくれているサイトがありましたので引用します。

例えば、湿度70%の空気が二つある場合、一方は11℃の低温で水蒸気をあと3gしか含むことはできません(飽差3g/㎥)。同じ湿度70%でももう片方は30℃の高温、なんと約9gもの水蒸気を含むことができます(飽差9g/㎥)。たくさん水蒸気を含むことができる空気は「水蒸気を奪う力が強い空気、乾きやすい空気」と言い換えることができます。単に湿度だけではわからないということです。

施設園芸.com (2018.10.16) https://shisetsuengei.com/news-column/yield-quality-up/yield-quality-up-003/

 

つまり、同じ湿度でも温度によって「水蒸気を含む余地=水蒸気を奪う力の強さ」は変化するのです。よって光合成を効率よく行わせたい場合は単に湿度を計測し管理するだけでは不十分で、温度によって変化する水蒸気を奪う力を示す、「飽差」についても計測・管理することが大切ということです。

飽差管理の重要性について、千葉大学環境健康フィールド科学センターの池田氏によると、「気孔を開かせるという意味で,湿度(飽差)管理は極めて重要である」(1)と述べた上で、日本の施設園芸に対して以下のような指摘をしています。

わが国の施設栽培で CO2施肥の効果がしばしば確認できないのは,湿度管理ができていないことが挙げられるかもしれない.

(中略)

わが国の栽培ハウスで測定した結果では,特に冬季に異常乾燥注意報が発令されているような気象条件では,ハウス内の湿度もかなり低くなっており,気温や光強度は十分な状態でも,飽差が大きいために気孔は閉じている可能性が高い.湿度は作物の生育のみならず,病害などの発生にも強くかかわっている.特に,夜間の湿度を結露するような状況にしないことは,病害発生を抑制するために重要である.(2)

 

飽差管理

一般的に植物の生長にとって最適(気孔を開かせるのに良いとされる)の飽差は3-6g/m3とされています。飽差の計算は少々面倒なので「飽差表」なるものがあります。これは最適な飽差を満たす相対湿度を表に示したものです。表の例を以下示します(3)。

表の黄色になっている部分が植物体にとっての適正飽差とされる数値です。ただ実際には飽差を適正飽差に保つというよりも、飽差が急激に変化しないよう管理することが重要です。これはなぜかというと、飽差が急激に変化すると植物の気孔が閉じてしまい光合成が行われなくなってしまうからです。後述するあぐりログでの飽差表の開発の際にも、現場普及員の方から飽差は現在値だけでなく変化が見えるようにして欲しいとアドバイスを頂きました。現在値が適正飽差に保たれていることは確かに重要ですが、それ以上に急激な飽差の変化を起こさないことが大切ということですね。

 

あぐりログでの飽差管理

飽差の計測はあぐりログでも行うことができます。機能として「飽差表」を実装しています。これは温度・湿度に加えて「飽差」という概念もプラスして管理を行った方が、作物に好影響があるのではないかという考えに基づいて実装したものです。実際に「飽差も分かるようになると嬉しい」という生産者の方の声もありました。あぐりログの飽差表は以下のようなものです。

(クリックで拡大表示します)

現時刻での飽差の他に、飽差がどのように変化してきているのかを一目で分かるように飽差表の上でグラフに描画しています。飽差の計算は少々面倒ですが、あぐりログであればコンピュータが自動でやってくれるのでラクですね。変化が目で見て分かることで、飽差を目標の数値に近づけるだけでなく、「どうしたら飽差が理想形になるのか」も同時に分析して頂けます。また先述したように、飽差が急激に変化していないかどうかを目で見てすぐに確かめることができます。

また、飽差の表示時間帯や黄色の帯で示されている良効帯につきましてもユーザー様ご自身で数値を設定いただけます。もちろん飽差表もフォローフォロワー機能で、仲間同士共有することもできます。

 

まとめ

今回は飽差という指標について掘り下げて書いてみました。なぜ温度と湿度だけでなく「飽差」が必要なのか、記事にしていく中で理解できてきたように思います。記事中の情報はできるだけ参考文献や参考サイトに準拠していますが、もし間違い等あればあぐりログ ユーザーフォーラム等にてご指摘頂ければと思います。その他、あぐりログについての詳しい事項機能については別ページに掲載しているので、是非ご覧になってみて下さい。

 

飽差についての過去記事

関連記事:飽差管理はじめます

関連記事:計測された飽差をどのように評価していくか考える

 

 

参考文献

(1)(2)(3) 池田英男「高生産性オランダトマト栽培の発展に見る環境 栽培技術」

http://www.fc.chiba-u.jp/plant%20factory/project_plant/Holland_Ikeda.pdf

『日本学術会議公開シンポジウム「知能的太陽光植物工場」講演要旨集』2009, 38

 

高倉直「相対湿度でなくなぜ飽差による制御なのか」

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010871131

『農業および園芸 』養賢堂89(1), 40-43, 2014-01

 

稲田 秀俊,菅谷 龍雄,袴塚 紀代美,中原 正一,植田 稔宏「促成栽培トマトの収量に対する施設内の温度、相対湿度、飽差および二酸化炭素濃度の影響に関する現地調査」

https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010814103

『茨城県農業総合センター園芸研究所研究報告』18号, p.9-15(2011-03)

 

参考サイト

ルーラル電子図書館 (2018.10.16)  http://lib.ruralnet.or.jp/genno/yougo/gy087.html

施設園芸.com (2018.10.16) https://shisetsuengei.com/news-column/yield-quality-up/yield-quality-up-003/